楽観的になりすぎるのも考えもの
不安やプレッシャーが大きくなると、ふだんなら当たり前の現実感覚が狂ってしまうことがあります。
資格試験を受ける前など、「試験場に入ったとたん、いままで勉強したことを全部忘れたらどうしよう」と、ありもしないことを考えて悩んだりするのがその典型です。
こんなときは、不安を静め、ふだんの自分を取り戻さなければなりません。
そのために、お守りを身につけるという発想も、不安解消に効果があるならそれはそれで悪いことではありません。
そうはいっても、人やもの、あるいは神様のような存在に頼る気持ちがあまりに強いのも困りものです。
依存心ばかりが強くなって、主体的に自分で動かなくなることもあるからです。
自分以外のものを頼りにする他力本願の発想は、だれもが多少なりとも心のなかにもち合わせているのもたしかです。
「勝つも負けるもときの運」「果報は寝て待て」などのことわざもあるくらいなので、人の力が及ばない運・不運は実際にあるのかもしれませんが、それに頼ってばかりではなにもできません。
これらのことわざにしても、「やるべきことはすべてやった」ことを前提としているはずです。
私自身は、「できるビジネスマン」を志す者にとって、過度な他力本願的発想は危険きわまりないものだと考えています。
「対策塾にも通っているから試験もなんとかなる」「講師のいうとおりにやっているからなんとかなる」「いよいよヤバくなっても、自分は運が強いから本番で逆転できる」などといった思考パターンは大きな誤りです。
楽観的な感覚は、不必要な不安にとらわれずに勉強に集中するときには役に立ちますが、その感覚ゆえに、勉強に手がつかない、努力しない状態が続くようでは困ります。
そういう人は、自分というものをしっかりもって、現状を正しく理解する必要があります。
まわりに影響されやすい人を指して、「自分がない」といったりします。
これは動いているのがほかでもない自分であるという感覚が、たいへん希薄な状態を表しています。
たとえば、営業成績が悪いとき、「情けない」と感じることができるのは、その結果の原因をつくっているのはほかでもない自分、責任をとるのも自分だという意識があるからです。
ところが、「自分がない人」は、この意識そのものが希薄なので、成績がよくてもそれが自信につながらないし、悪い成績をとれば自信をなくすという思考の悪循環に陥りがちです。
自分がない他力本願の状態は、乳児の心の世界に近いものがあります。
「ただ存在しているだけ」とされている時期は、現象の因果関係も自覚できず、安心も得られずにまわりの世界も怖く見えるだけです。
やがて成長するなかで、因果関係を理解し、自分というものを自覚しながら自発的行動が始まるわけですが、いつまでも因果関係を理解せずに自分がもてないようでは、心理的な乳児の状態と同じだといわれても仕方ありません。
実際の大人の場合、赤ちゃんとはちがって因果関係を理解するのは簡単なことです。
知識がなかなか身につかないのは勉強をさぼっているのが原因だ、復習不足に問題がある、関連図書の読み込みが足りないなど、目の前の結果を自分と結びつけて考えることは意識すればだれでもできます。
そして、その習慣が「自分がない」状態から「自分がある」状態への架け橋にもなります。
因果関係のなかに自分を組み込む発想をもつことができれば、できるビジネスマンに変身するための道も自ずと理解できるはずです。
こうした想像力を培うことも、積極的に動く自分をつくっていくうえでは必要なことなのです。
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