「やるべきこと」と「やりたいこと」はちがう
昔から教育心理学者たちが重要なテーマとして取り組んできた成果としての理論を紹介しておきましょう。
最近の精神分析学の大きなテーマ「人間の本質的な動機づけはなにか」ということとも深くかかわっており、私自身もとくに関心をもち続けてきたものです。
日本における教育心理学の第一人者、東京大学の市川伸一教授によれば、20世紀の初頭から1950年代までは「明瞭な外的報酬」が、また、60年代から70年代にかけては「内発的動機づけ」が勉強の動機づけとして重要視されてきました。
外的報酬を重視する考え方は、外発的動機論ともいわれ、要するに外からアメとムチを与えることによって勉強の動機づけとするというものです。
勉強をしてよい成績を取れば社会的地位や高い報酬が保証されるし、親も喜びます。
逆に勉強をしていないと、ろくな学歴を得られず、また落第などの罰も用意されていました。
「立身出世」という言葉が生きていた時代の勉強の動機づけとして、この方法が大いに役立ったことは確かです。
一方、人間には知的好奇心が備わっています。
それは勉強をして賢くなれることそのものを楽しむ態度となって表れます。
そこで、それまでの外発的動機論を批判する立場から、賞罰をつけることが逆に自然な知的好奇心を摘み取ってしまうという理論が、60年代以降に叫ばれるようになりました。
もっと人間の内なる学習への欲求を大切にすべきであるという、いわゆる内発的動機論の考え方です。
実際、私の子どもの幼いころを思い返してみても、字が書けるようになるのを必死に願ってまねをして書いた字を大人に見せたり、「あれはなに?」「これはなに?」と大人のお尻を追い掛け回すことがよくありました。
その姿は、子どもというのは本来大人になりたいし、賢くなりたい生き物なのだと痛感させられるものです。
確かに、この感情を保ちつづけることができれば、「勉強をしろ」などという必要はないのかもしれません。
親が勉強を強制するとかえって勉強嫌いになるという説も、説得力があります。
このように教育心理学者の間で長年の論争となっていた動機づけ論でしたが、結果的に内発的動機論のほうに軍配があがったのが、60年代から70年代でした。
しかし市川教授によれば、現在では、このような単純な二者択一的な考え方からさらに一歩進んで、「文化的に埋め込まれた暗黙の勉強への方向づけ」、あるいは「外発的動機づけから内発的動機づけへ内化されるプロセス」を重視するようになってきたということです。
周囲の環境や勤勉の文化がどう動機づけに生かされるかということや、最初はアメとムチで勉強をしていても、そのうちに勉強の楽しさに目覚めて、人にいわれなくても、あるいは対価としての餌がなくても勉強する気になるように方向づけていくことが大切だというわけです。
ちなみに市川教授は、学習動機を充実志向、訓練志向、実用志向、関係志向、自尊志向、報酬志向の六つの志向に分類し、「なんのために勉強をするのか?」という質問に対する生徒の記述回答を統計処理しています。
それによると、充実志向−訓練志向−実用志向の三つと、関係志向−自尊志向−報酬志向の三つはお互いに相関が高いことがわかったといいます。
すなわち、「勉強が楽しい」と書く人(充実志向)は、知力を鍛えたい(訓練志向)とか、勉強を仕事や生活に活かす(実用志向)という理由を書く傾向にあり、「他人がやっているから勉強をする」と書く人(関係志向)は、プライドや競争心(自尊志向)、あるいは報酬を得るために勉強をする(報酬志向)という理由を書く傾向が強いということです。
また、報告結果では、後者に属する動機づけが強い人は、動機の高さに比して、有効な学習方法を探ったり勉強法を工夫することには関心が向かわない傾向があることも指摘しています。
要するに、人の評価(はめられたいなど)を基準にしたりなんらかのメリットを求めて勉強する外発的な動機の人間は、それが失敗したときにろくな工夫もしないと指摘しているわけです。
市川教授自身は「単純な二者択一ではない」と断っているし、前者は内発的動機とイコールのものでないと断ってはいますが、その調査や報告を見るかぎりは、どちらかというと内発的動機を重視しているスタンスのように感じます。
前述のように、大人が勉強する場合、人からいわれたり強制されるより、勉強を楽しみ自らを充実させたり、勉強を生活や仕事に活かしたいとい・つ内発的な動機をもつ人がむしろ主流と考えられます。
その点では、勉強の工夫もしやすく、長続きしやすいといえます。
市川教授の説を借りれば、学生のころは勉強好きでもなく、勉強の工夫もろくにしなかったとしても、社会に出て自分を磨く勉強を志し、知的なものへの興味も高まってきた人ならばそれだけでも勉強を進めるうえで有利ということになります。
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